ずいぶん以前、学生時の夏の終わりころ能登を旅したことがあった。北陸をまわるつもりの旅行で途中で輪島に泊まった。
七尾線が通っていて終着の輪島駅があったころ。
日が暮れての輪島の町をただ歩き回って宿に戻る途中でガラス戸から中を見渡せる間口のあまり広くない輪島塗の店の前に立ち止まった。 金のない学生の旅行者の手の届くものではないとは知っていたのでだいぶ躊躇したろうが引き戸を開けて入っていった。 外から見えたお椀かなにかにひきつけられたのかも知れないがもうその時の気分の記憶はない。 店は奥行きもそうはなかったがさまざまな漆器がならんでいる。 すこしして店の奥から年配の男性が静かに出てきて、声をかけてくれた。 どういう話をしたか、これももう思い出せないが、ひとことふたことといったやり取りではなかったのだろう会話があって、 そこにその奥さんと思われる方がお茶を淹れて持ってこられた。 輪島塗の品々に囲まれる形で腰かけてお茶をいただくことになったが、実は内心気が気ではなくなり始めていた。 もう店中の品々は見ている。そこについた値札も見ている。旅の学生の手の届く品は、どうもありそうもない。 店のご主人と仲良くお話ししてしまっている。お茶はもう飲みつくしている。 すっと立ってごちそうさまでしたと早足で出ていく勇気はない。 ほかにお客はいない。ご主人も奥さんもにこにこしてやさしそうだ。 なにより漆器たちの視線がつよい。後ろ髪を引っ張っている。 とどのつまり、もう一度店の中を徘徊して、ああこれこれ、これがお目当てでしたというふうに一本の茶杓を見つけてご主人に示した。 茶杓など使ったことはないし、使うことはなさそうだけどそれを取り上げた。 手の届くたぶん唯一の品を見つけて、何とも言えない安堵の顔つきで手に取ったことだったろう。 その茶杓は背の塗は厚みのある中心は漆黒、縁に向かって身が薄くなるにしたがって赤みがさえている。 深く静か。使うことはなさそうだったが手に入れたのは思いのほかうれしかったのを覚えている。 その茶杓はそのあとの旅行中大事に運ばれて、帰って当時時折お茶をたのしんでいた母にお土産といって渡した。 #
by soba-kotan
| 2024-01-29 13:12
| 古譚小譚
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by soba-kotan
| 2024-01-05 22:11
| お知らせ
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by soba-kotan
| 2024-01-01 16:05
| 古譚小譚
通常の11:30~2:30(L.O.)での営業で、夜の営業は休止いたします。 30日はラストオーダー2:00となります。 また昼のセットメニューも休止いたします。 29日から31日は通常メニューから品目をしぼっての営業となります。 なお31日(日)は 昼11:30~2:30(L.O.) 夜17:30~20:30(L.O.) での営業です。 年始1月は4日まで休業いたしまして、 5日(金)より営業いたします。 5日は昼のセットメニューは休止いたします。 蕎麦の売り切れにて営業終了させていただいております。 変則的な営業となりご不便をおかけいたしますが、 ご理解いただいきましてのご来店をお願い申し上げます。 #
by soba-kotan
| 2023-12-25 13:48
| お知らせ
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by soba-kotan
| 2023-12-18 22:53
| 古譚小譚
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